再会の日

 今夜は赤井さんを含めた、日本行きメンバーを迎えるためのパーティ。一か月程前に例の組織との長きに渡った闘いが終わり、これは盛大にやるしかないと、先輩たちが中心となってこの日の準備を進めていた。

「すごい、人……」

 オシャレなレストランを貸し切った、と聞いていた通り会場は噴水付きの広い庭園があってかなり豪華だ。煌びやかな装飾が至る所に施されていて、さながら友人の結婚式に参加しているよう。パーティには少し遅れてしまったけれど、それすら気づかれていないぐらいに人が集まっている。ウエイターさんからグラスを頂くと、自然と胸の鼓動が早まっていた。既に帰国していたらしい赤井さんとは、まだ会えていなかった。

「でも、今日は難しいかな」

 ようやく会えるんだと、この日を楽しみにしていたけれど今夜は難しいかもしれない。せめて、一言話せたらそれでいいのだけれど。

 私はグラスに口を付けながら、赤井さんとの日々をぼんやりと思い出していく。私たちは不思議な関係だったと思う。助けてもらったことは数知れず、チームは違ったのに本当に良くしてもらっていた。“屋上”という同じ休憩場所を介して色んな話をしていた。

「あ……っ」

 人混みの中、ようやく見つけた赤井さんの姿は、ああ、本当に終わったんだと、そう実感するのに充分すぎるくらい表情が柔らかい。

 それに、シャツを腕まくりしてラフに着ているのにどこか品があり、片手にグラスを持ったまま前髪を耳へ掛ける仕草は素敵に見えた。こんな感じ、だっただろうか。相手の声が聞きづらいのか大きな体を少し曲げて相手に耳を寄せている姿すら、絵になるよう。

「ヘ〜イ!遅かったじゃん」

 背後から急に肩を叩いてきたのは、私の同期。

「っ……びっくりした!」
「なぁ、赤井さんだろ?声かけに行けよ〜!名前は結構世話になってただろ?」
「……ううん!いいの、また後で」

 だって彼はまだ、大勢の人に囲まれている。そう思いながらもチラリと視線を忍ばしていたら、遠くにいる赤井さんと目が合った。その瞬間、胸の奥がドキリと湧き立つ。自然と笑顔が溢れて仕方がない。再会が嬉しくて、嬉しくて。ヒールじゃなければ飛び跳ねていたかもしれない。でも軽くお辞儀をして、次に顔を上げた時にはもう赤井さんはこちらを見ていなかった。

「ほ、ほら!……人が多いから、っ」

 赤井さんは私に気づいてくれた訳ではなかったらしい。自意識過剰みたいで居心地が悪かった。仕方なく残りのシャンパンを一気に流し込んで、このモヤモヤとした気持ちを誤魔化してみるけれど顔の熱は冷めそうにない。

「ごめん、ちょっと休憩」
「あ、名前〜!」

 同期を置いて逃げるようにテラスへ向かうと、ヒンヤリとした風が気持ち良かった。妙に熱が籠ってしまった身体には丁度いい。ウエイターさんが気を利かせてドリンクを持ってきてくれたので、もう少しここで休んでいようと思う。赤井さんには後で声を掛けに行けばいい。

「……ん?」

 そうして二杯目のグラスも残り僅かになってきた頃、何やら会場が盛り上がり始めた。中を覗いてみると、みんなピアノの周りに集まってはリクエストを投げかけている。誰かがピアノを弾くみたいだ。

 その流れに乗って私も会場内へ戻ろうとしていた時、赤井さんを見つけてしまった。ゆっくりと、こちらに近づいてきている。視線は合わない。でも、きっと声が届く。

「あ、あの!」

 こんな時に限って声が掠れた。上手く音にならず、周りの声に搔き消されていく。そうしている間に赤井さんはテラスの方へ出て行ってしまうのに。にしても、私は存在感が薄いのだろうか。まるで赤井さんの視界に私は入っていないようで少し寂しい。彼はテラスに出ると机にグラスを置いて、軽く首を回していた。

「あ、赤井さん……っ」

 今はテラスに赤井さん一人だけ。チャンスだと思って声を掛けると、彼はゆっくりと振り返った。でも目を細めては、軽く首を傾げている。

「……名前?」

 長い間を置いた後、そう言われる。なんで疑問系になるのだろう。まさか忘れられてしまってたのだろうか。昔の記憶を必死に呼び起こしているような表情を見てしまっては、胸の奥がキュッと締め付けられるようだ。

「あの、お疲れ様でした本当に……」

 こんな風に、声をかけたことを後悔するなんて思わなかった。私は勝手に、違う反応を期待していたんだ。

「待て、」

 居たたまれなくてテラスを後にしようとしたら、赤井さんに引き止められる。

「悪い、気づけなかった。元気だったか?」

 その声は優しい。赤井さんはもう眉間に皺を寄せていなかった。私の返事を待って、真っ直ぐに見つめてくれている。

「っ……はい、元気です!」

 さっきまであんなに気持ちが沈んでいたのに、こうして会話できるとやっぱり嬉しい。

「そうか、良かったよ」
「……赤井さんは?」
「疲れたな、これが要る」

 彼はポケットから煙草の箱を取り出すと、カタカタと揺らした。その雰囲気はすっかり以前と同じ。

「ふふっ……相変わらずですね」
「ああ、ようやく吸えるよ」

 赤井さんの記憶に、私の存在が大して残っていなかったことは胸の奥がチクリと痛んだけれど、でもいい。こうして話せるだけで満足。私はそっと赤井さんの横へ行って、ウッド調の手すりに寄り掛かった。

「じゃあ、カモフラージュします」
「ん?」
「私の、相手をしているみたいに。だから好きなだけ吸っていてください」
「……ああ、助かるよ」

 彼は手すりに腕を置いて、上半身を預ける。再び煙草を口に咥えると、白い煙が夜空へと消えていった。私も横で赤井さんと同じ体勢にしてみると、月がさっきよりも輝いて見えた。

「なぁ、何か話してくれないか。君の話が聞きたい」
「人と話すの、疲れちゃったんじゃないんですか?」
「いや、聞くのは構わない」
「……じゃあ、私は独り言を?」

 少し悪戯っぽく笑うと、赤井さんも息を漏らすように笑う。その笑い方が懐かしい。

「変わらないな、君は」

 赤井さんは本当に、会話してくれるつもりのようだ。みんなのいない場所で、二人で話すというのは何処か特別感がある。嬉しくって、一生懸命話題を考えた。赤井さんに聞きたい話は沢山あったけれど、今日はもうたくさん聞かれているだろう。リクエスト通り私の近況を話してみると、赤井さんは静かに相槌を打ってくれた。

「あと、実はジークンドーも始めたんです!」
「ホォー?」
「師匠の元について、これでも結構ちゃんと練習しているんですよ!赤井さんは私の憧れなので……っ」

 お酒が入っているからか、気付けばそんなことまで話してしまう。夜風に吹かれて気分も良い。心がずっと、踊っているようだ。

「そうか、まるで妹のようだな」
「……え?」
「会ったんだ。久しぶりにな。彼女も、ジークンドーを。それに高校生探偵をしているらしい」
「……えー。赤井さん、妹さんいたんですね」
「ああ。まあ、ほとんど会えていなかったんだがな。まったく誰に……」

 妹、という言葉だけがやけに耳に残っていく。そっか、妹……。自分が何を期待していたのか分からないけれど、赤井さんがいない間に勝手に想いが膨れ上がっていたのかもしれない。その後の会話に、私はほとんど乾いたような相槌しか打てなかった。