再会の日

 今夜は赤井さんを含めた、日本行きメンバーを迎えるためのパーティ。一か月程前に例の組織との長きに渡った闘いが終わり、これは盛大にやるしかないと、先輩たちが中心となってこの日の準備を進めていた。

「すごい、人……」

 オシャレなレストランを貸し切った、と聞いていた通り会場は噴水付きの広い庭園があってかなり豪華だ。煌びやかな装飾が至る所に施されていて、さながら友人の結婚式に参加しているよう。パーティには少し遅れてしまったけれど、それすら気づかれていないぐらいに人が集まっている。ウエイターさんからグラスを頂くと、自然と胸の鼓動が早まっていった。既に帰国していたらしい赤井さんとは、今日ようやく会えるから。

「うーん、姿すら見えない、か……」

 何も言わず、日本へと旅立って行った赤井さん。寂しくもあったけれど、それでも次会う時までに成長している姿を見せたいと心に秘めて毎日を過ごしていた。ようやく会えるんだと、この日をきっと誰よりも楽しみにしていたけれど、今夜は難しいかもしれない。

 私はグラスに口を付けながら、赤井さんとの日々をぼんやりと思い出していた。私たちは不思議な関係だったと思う。助けてもらったことは数知れず、チームは違ったのに本当に良くしてもらっていた。“屋上”という同じ休憩場所を介して色んな話もしていた。

「あ……っ」

 人混みの中、ようやく見つけた赤井さんの姿は、ああ、本当に終わったんだと、そう実感するのに充分すぎるくらい表情が柔らかい。シャツを腕まくりしてラフに着ているのにどこか品があり、片手にグラスを持ったまま前髪を耳へ掛ける仕草は素敵に見えた。こんな感じ、だっただろうか。相手の声が聞きづらいのか大きな体を少し曲げて相手に耳を寄せている姿すら、絵になるよう。

「ヘ〜イ!遅かったじゃん」

 背後から急に肩を叩いてきたのは、私の同期。

「っ……びっくりした!」
「待ってたよ〜!仕事?」
「んー、それもあったけど……ほら、準備とかさ?」
「準備って、心の準備だろ?あの赤井さんだもんな〜」

 彼の視線の先には赤井さんがいる。分かっていても、目で追うと急に緊張してきた。

「ほら、声かけに行けよ〜!名前は結構世話になってたもんな」
「いや、っ!……いいの、また後で行く」

 だって彼はまだ大勢の人に囲まれている。挨拶するべき人を順位付けするとすれば私はずっと下位だろう。お邪魔するのは良くないと思いながらチラリと視線を忍ばしていたら、ピタリと。遠くにいる赤井さんと目が合ってしまった。胸の奥がドキリと高鳴って、身体は自然と硬くなってしまう。再会できたことが嬉しくて、嬉しくて。ヒールじゃなければ飛び跳ねていたかもしれない。でも笑顔で会釈をして、そうして次に顔を上げた時にはもう赤井さんはこちらを見ていなかった。

「あら、」
「っ、ほ、ほら!……人が多いから、っ」

 どうやら私の勘違いだったみたいだ。赤井さんは私を見ていた訳ではなかったらしい。まるで自意識過剰だったみたいでちょっぴり居心地が悪い。咄嗟に残りのシャンパンを一気に流し込んで、このモヤモヤとした気持ちを誤魔化してみるけれど顔の熱は冷めそうになかった。

「んーごめん、ちょっと休憩するね」
「あ、名前〜!」

 同期を置いて逃げるようにテラスへ向かうと、ヒンヤリとした風が気持ち良かった。妙に熱が籠ってしまった身体には丁度いい。ウエイターさんが気を利かせてドリンクを持ってきてくれたので、もう少しここで休んでいようと思う。さっきのはかなり恥ずかしかった。赤井さんに声をかけるのは今夜でなくてもいいかもしれない。わざわざ人の目に留まるここじゃなくて、オフィスの廊下で、自然に、がきっと私たちらしい。

「……ん?」

 そうして二杯目のグラスも残り僅かになってきた頃、何やら会場内から盛り上がる声が聞こえてきた。中を覗いてみるとピアノの周りに人だかりが出てきている。誰かがピアノを弾くみたいだ。

 なら私も聴きたいと思って、会場内へ戻っていくと9時の方向。赤井さんがテラスの方へ向かって行くのが見える。でも距離はさっきよりずっと近いのに、視線は合わない。声なら届くだろうか。

「あ、あの!」

 こんな時に限って声が掠れた。上手く音にならず、周りの声に搔き消されていく。そうしている間に赤井さんはテラスの方へ出て行ってしまうのに。にしても、私は存在感が薄いのだろうか。まるで赤井さんの視界に私は入っていないようだった。少し、いや、かなり寂しい。そっと彼の後を追えば、赤井さんはテーブルにグラスを置いて軽く首を回していた。

「あ、赤井さん……っ」

 今はテラスに赤井さん一人だけ。勇気を出して声を掛けると、彼は少しの間を置いて振り返る。目を細めては、軽く首を傾げていた。

「……名前?」

 長い間を置いた後、そう言われる。なんで疑問系になるのだろう。まさか忘れられてしまってたのだろうか。昔の記憶を必死に呼び起こしているような表情を見てしまっては、私も言葉に詰まった。胸の奥がキュッと締め付けられるようだった。

「っ、あっ、はい、私です。あの、お疲れ様でした!本当に……」

 赤井さんに声をかけたことを後悔するなんて思わなかった。でも想像とあまりにも違う反応で、私も気の利いたことを言えなかったからこそ気まずい。赤井さんが日本へ戻ってから時間も経っているし、大勢いる捜査官の一人であった私を忘れていても仕方のないことだ。むしろ、時間が掛かってでも名前を思い出してもらえただけ有難い。

「あの、では……っ」
「……待て、」

 居たたまれなくてテラスを後にしようとしたら、赤井さんに引き止められた。

「悪い、気づけなかった。元気だったか?」

 その声は優しい。赤井さんはもう眉間に皺を寄せていない。私の返事を待って、真っ直ぐに見つめてくれている。

「っ……はい、元気です!」

 さっきまであんなに気持ちが沈んでいたのに、こうして会話できるとやっぱり嬉しい。

「そうか、良かったよ」
「……赤井さんは?」
「疲れたな、これが要る」

 彼はポケットから煙草の箱を取り出すと、カタカタと揺らした。その雰囲気はすっかり以前と同じ。

「ふふっ……相変わらずですね」
「ああ、ようやく吸えるよ」

 赤井さんの記憶に、私の存在が大して残っていなかったことは胸の奥がチクリと痛んだけれど、でもいい。こうして話せるだけで満足。私はそっと赤井さんの横へ行って、ウッド調の手すりに寄り掛かった。

「じゃあ、カモフラージュします」
「ん?」
「私の、相手をしているみたいに。だから好きなだけ吸っていてください」
「……ああ、助かるよ」

 彼は手すりに腕を置いて、上半身を預ける。再び煙草を口に咥えると、白い煙が夜空へと消えていった。私も横で赤井さんと同じ体勢にしてみると、月がさっきよりも輝いて見えた。

「なぁ、何か話してくれないか。君の話が聞きたい」
「人と話すの、疲れちゃったんじゃないんですか?」
「いや、聞くのは構わない」
「……じゃあ、私は独り言を?」

 少し悪戯っぽく笑うと、赤井さんも息を漏らすように笑う。その笑い方が懐かしい。

「変わらないな、君は」

 赤井さんは本当に、会話してくれるつもりのようだ。みんなのいない場所で、二人で話すというのは何処か特別感がある。嬉しくって、一生懸命話題を考えた。赤井さんに聞きたい話は沢山あったけれど、今日はもうたくさん聞かれているだろう。リクエスト通り私の近況を話してみると、赤井さんは静かに相槌を打ってくれた。

「あと、実はジークンドーも始めたんです!」
「ホォー?」
「師匠の元について、これでも結構ちゃんと練習しているんですよ!赤井さんは私の憧れなので……っ」

 お酒が入っているからか、気付けばそんなことまで話していた。夜風に吹かれて気分も良い。心がずっと、踊っているみたいだった。

「そうか、まるで妹のようだ」
「……え?」

 耳の奥が、ぼーっとしている。
 
「実は年の離れた妹がいるんだが、数年ぶりに会えたんだ、日本でな」
「……えー。赤井さん、妹さんいたんですね」
「ああ、彼女もジークンドーをしている。悪い見本に憧れてしまったようでな」
「……っ」
「それに探偵をやっていたよ、まったく誰に似たんだろうな」

 妹、憧れ……。やけに耳に残っていく言葉に気持ちも一気に沈んでいく。同時に、納得してしまう部分もあった。自分が何を期待していたのか分からないけれど、赤井さんがいない間に勝手に想いが膨れ上がっていたのかもしれない。その後の会話に、私はほとんど乾いたような相槌しか打てなかった。